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命の重さ

  • 2013年03月11日

2年前の3月11日、私は東京大学の赤門前に建つ鉄骨造10階建てマンションの最上階の一室で、2人のスタッフとともに仕事をしていました。午後2時46分鉄骨構造の建物が大きく揺れ始め、部屋の東側の壁面に沿って設けた作り付けの吊り書棚から書類を綴ったファイルが次々と落下を始めました。

私の目の前では、置き棚の上のブラウン管型テレビが前後に大きく揺れて、このままでは間違いなく落下し、ブラウン管は粉々に砕けるに違いないと思い、私はテレビを守るのに必死でした。普段から、地震を体感した時は直ぐにテレビのスイッチを入れ、情報を聞くことを習慣にしているため、どうしてもテレビを守らなければならないと考えていました。

以前、新潟地震(1964)のとき、私は練馬の木造平屋建設計室で長周期の揺れを経験しましたが、今回の地震は鉄骨構造の10階の部屋であったことやその他の理由も重なったためか、揺れ幅や、揺れの時間など新潟地震とは比較できないほど大きいものでした。揺れがおさまり、震源地が東北の三陸沖と知って驚きました。本郷がこんなに揺れたのだから、震源地に近い東北地方はどれほど大きく揺れたであろうかと心配になりました。生まれてはじめて長く激しい揺れを体験しましたが、仕事の仲間が2人一緒で、しかもテレビからの報道をずっと聞き続けることができたので冷静に対処することできました。

さて、地震など自然災害のたびに多くの命が失われますが、ここで「命の重さ」について考えてみたいと思います。命は物質ではないので「重さ」で表わすことには抵抗がありますが、よく耳にするフレーズなので、敢えて「命の重さ」と言わせていただきます。

 国民の「命の重さ」は太平洋戦争以前と以後で大きく変化しました。戦前は軍国主義の社会で、軍人勅諭の精神が国中に漲っていました。軍人勅諭には「只々一途に己が本分の忠節を守り、義は山嶽より重く死は鴻毛よりも軽しと覚悟せよ」という一節があります。軍人は忠節を旨とし、義のためには、自分の命は鴻毛すなわち「おおとりの羽毛」より軽いものと覚悟して行動しなさいということです。「命の重さ」が最も小さく評価された例ではないでしょうか。

その後、終戦を迎え、民主主義の社会になってから、「人の命」はずいぶん重くなりました。最も印象的なのは「ダッカ日航機ハイジャック事件」です。時の内閣総理大臣は「一人の生命は地球より重い」といって超法規的措置をとり、人質となった日本国民の救済を実行しました。これは「命の重さ」が最も大きく評価された例というべきでしょう。

こうしてみると、同じ国の中でも「命の重さ」は時代や為政者の判断でずいぶん変わるものだと思います。戦前にくらべて「命の重さ」をみずから選択できる時代に生きているわれわれは、この上もなく幸せだと思います。反面、いまだに、地震や台風などの自然災害で命を落とす国民がいかに多いか、ただただ驚き悲しむばかりです。

これから、お住まいを造ろうと計画している方、また大地震による倒壊を心配しながら不安な日々を過ごしている方は、ご自分やご家族の「命の重さ」を地球より重くとは申しませんが「月並みを超える重さ」として、適切に対応されることを願って止みません。

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